強敵!おかたづけ

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トラックにボールをお片付け

東京おもちゃ美術館 good us
かばんねこの連載記事が掲載されました。

お片付け、子どもにやらせようとやきもきしても、どこ吹く風…
のれんにうでおし、うまのみみにねんぶつ

さあ、どうしましょ!
という内容です。

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東京おもちゃ美術館 good us への連載記事

おもちゃ屋さんの「あそび相談室」
相談10:「お片付けができるようになってほしい!」

http://goodus.jp/detail/1/3211

「あたまが良くなるおもちゃ」

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ペグさしブロック

東京おもちゃ美術館 good us にて連載中の記事も、10本めになりました。

伝えたいことが多すぎるのか説明が懇切丁寧なのか(自分ほめ)、毎回文章がながながとしてしまいます。

でもいつも、できるだけ分かりやすくなるようにしています。
お役にたてるとうれしいです。

つまんで並べて、ミニボールゲーム

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【連載】おもちゃ屋さんの「あそび相談室」
相談9:「頭が良くなるおもちゃを探してます!」

頭が良くなるおもちゃが欲しいと思ったら、遊ばせ方や環境にも大人の配慮が必要です。あそび相談室、第10回目。
「頭が良くなるおもちゃを探してます!」
http://goodus.jp/detail/1/3210?fbclid=IwAR0ciHDhYAyyWyKAoR_AOAnV_FwOnCfopp2-soStgZEFo9bBWr8mGmyKSG0

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パターンブロックで図形遊び
頭の体操タントリックスパズルゲーム

お片付けの記事

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積み木をお片付け

東京おもちゃ美術館good us に寄稿する記事を書いています。
「お片付け」のこと。

「なんでお母さんがやらなきゃいけないの」「自分で出したんでしょ」って言っていたら、同じように子どもの口からも「私じゃないもん」「なんで私が」が出てきます。

「お片付け = 面倒くさい。怒られる。イヤ。」になるのは、すぐそばで一緒に暮らす見本(大人)次第なのでしょうね。


写真のような片づけ?遊び?をしていた人の親が書いて良いのかという苦情は受け付けません。

偉そうに仕上げてみます^^

重いを知る。

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天秤ばかりでままごとの具材を量る

「重さの概念が分かるおもちゃがほしいんです」
お客さまから、そんなリクエストがありました。

子どもに「重いのどっち?」と聞く機会があって、
見た目の大きい方を選んでしまうと。

うん、そうだよね。
自分の経験から、ちゃんと予想しています。いいぞ!
でも少ーし、経験が足りなかったかな。

重さを知るのにちょうどいいおもちゃを用意するなら、やっぱり「天秤ばかり」がいいなとおもいます。
重たいほうが、ぐっと下がる。
軽いほうが、ぐぐぐと上がる。

例えば、
ゴムボールと木の玉。
ホウロウのお皿とプラスチックのお皿。
あれ?あれ?
変だな、木の玉のほうが小さいのに。
変だな、プラスチックのお皿のほうが大きいのに。

見た目が大きくても重いものがある。
見た目が小さくても軽いものがある。
天秤ばかりを使うことで、その違いを子どもたちが自分の「体の感覚」だけではなく、実際に「目で確かめる」ことができます。
「天秤ばかりの動き」という目の前にある事実によって、自分の感覚の確かさを知ることができます。

でも、
おもちゃを用意しなくても、「重さ」とか「大きさ」が分かりやすく違うおもちゃや生活道具で、いろいろ試してみてもいい。
それをそれぞれを中身が見えない袋とかに入れて、「重いのどっち?」って遊んでみてもいい。
ただし、最初は「分かりやすくピーンと分かる」ことが、すっごく大事ですよ。
分かればもちろん嬉しいし、楽しくてもっと知りたくなるからね!


ところで、
話は戻ってお客さまのご相談のこと。
「あ、この子はそういう重さの経験がまだ無かったんだね」ということともに、かばんねこ自身はどうやってその感覚を獲得したんだろうと子ども時代を振り返ると…。

うん、やっぱりシーソーだな!
公園で、家族や友達と、自分の体で体験できました。実験していました。

父とシーソーするときは、どんなにうんうん頑張っても、自分の上がりきったシーソーはぜんぜん動かなかった。
でも、父に前のほうに座ってもらうと、ギッコンバッタンできた。
妹と乗るときは、わたしが前の方に座るようになった。
(でもやっぱり重さの違いがあって、妹のおしりがぴょんと飛んで痛がったから、加減した。 これも体験しないとわからないね。)
友だちとは、2人ずつとかで自然に分かれた。
年齢が違う子と遊ぶときは、重さが均等になるようにした。
釣り合わなければ、重り(子ども)を足し引きするか、座る場所を前後に移動した。
ひとりでシーソーの端から対の端まで歩いて渡る遊びもした。真ん中でバランスをとるのが楽しかった…。

そう思いかえすと、
自分の体で体験すること、いろいろやってみること、知ることが、なんと身になることかとしみじみ思います。


自分の体の感覚を総動員して、子どもたちは身の回りの世界を知っていきます。
ぜひ、いろんなものに触れて、体験して、たくさん感じてほしい。
わくわくと、「これはどうしてだろう?」「やってみよう!」「こうしたらどうなるかな!」って、いろんな実験をしてみてほしいです。

遊びながら、体験しながら、子どもたちは「知る」。
そして自分が体験して「分かった」ことは、かならず身につきます。

大人にとってはあたりまえすぎることばかりかもしれないけれど、子どもたちの姿をよく見て、必要に気づけるようにしていきたいですね。
(ああ、そうおもうとやっぱり、「危ないかどうか」ということだけで遊びの道具を大人が勝手に判断すること、やはり残念すぎます)

今の子どもたちは、体験が少ないと言われます。
子どもだけでわあわあと遊んで試行錯誤して、失敗したりうまくいったりする時間もチャンスも少ないかもしれません。
だから、身近な大人がちょっとカバーする必要があります。
かばんねこも、お手伝いできたらうれしいです。
おもちゃ屋ががんばることだとも思いますし、ご相談くださいね!

体験を表現する

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グリムスのエレメントファイアーで、たき火
グリムスのエレメントファイアーで、たき火

明日は自由遊びの日です。
ぴったりのおもちゃに出会えるといいな、
遊びにおいでね^^

  

写真は「たき火」ですって。
薪にも火が移って、とっても暖かそう。

  

自分が体験したことを表現するって、子どもにとってとても大事なことだったりします。
楽しかったことを体験し直して満足や幸せを感じたり、
悲しかったことを体験し直して感情の整理ができたり。

  

でも「悲しい!?なんかしなきゃ」なんて出しゃばらなくて大丈夫。
そうなんだあ、って受け止めてしっかり見ていれば。
子どもたちは自分でのりこえて、つぎにすすみます^^

  

たき火、やりたくなっちゃった!

飽きっぽい子?

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子どもがすぐに別の遊びに移ったからといって、
「おもちゃ選びに失敗した」わけじゃないし、
「あきっぽい子」なわけじゃないです。

 

まだまだ小さくてできることが少ない子どもほど、
ひとつのおもちゃでできることも、少ないのです。

 

もしかしたら、
自分ができることを試して、十分にやりきって、
「満足したから」、
別のおもちゃの移っただけなのかもしれません。

 

同じおもちゃに、しばらくしたらまた戻ってきますよ^^
ちょっと、観察してみましょ

遊びが長続きしないんです

子どもとそだつ 0 Comments

東京おもちゃ美術館「good us」
連載の2回目です。

「おもちゃを買っても、遊ばないんです」
の、続き^^

かばんねこの言いたいことは、
結局いつもここに戻ってきます。

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東京おもちゃ美術館 good us
【連載】わくわく遊んで大きくなるために おもちゃ屋さんの「あそび相談室」

相談1の続き:「あそびが長続きしないんです!」

http://goodus.jp/detail/1/3202?fbclid=IwAR2HNAG_rc_5FxGgMJ8-ZoeY6sgiwKxMb5YXkJiEtpViJHtQCLCj57QJCmc

信じて待つなんて、大人だもん、できるもん!

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子どもが、すっごい怒ります。
それは、こんなとき。

「じぶんでやる!」
「できるもん!」
「やりたい!」
…って言ってるのに、大人が分かってくれないとき。

まだ小さいからできないでしょ、とはじめから決めつけられたり、
そうじゃないでしょ、こうでしょ、と「できない」ことをわざわざ知らしめられたり、
危ないよ、だめだよ、と挑戦のチャンスを奪われたりする。

これはわがままから来ているのではない。
そう感じるほどに、子どもたちは激しく怒り、泣いて、抗議します。

 

大人は、子どもたちよりも能力があるわけではありません。
ただ、「先に大きくなって」「先にできるようになった」それだけ。

それなのに、子どもを「自分より劣ったもの、未熟なもの」として扱うことがある。
そして、子どもがやろうとしていることに手出ししたり、口出ししたり、禁止したりする。

 

でも、
ほんとうに子どもたちが望んで大人に言いたいことは、きっとこういうこと。
「お母さん!お父さん!
あなたは今はもうできるようになったかもしれないけど、
昔はあなたも子どもだったんだから、できなかったんだから、
その時のやりたい気持ちを思い出して、できない悔しさを思い出して、
私がどんなふうにすればいいのか、ちゃんと分かるように、お手伝いしてちょうだい!」

子どもは「できる」「やりたい」「じぶんで」くらいしか語彙がないから、うまく伝えられないだけ。
だから分かってほしくて、大騒ぎして、泣くのです。

おとなはただ、「子どもがひとりでできるように、手伝うこと」。
それだけでいいのです。

 

例えば、
自分で顔が洗えるように、洗面台に届くちょうどいい高さの踏み台とか、
自分で手を伸ばして取ったり掛けたりできるタオル掛け、
自分の手で扱うのに、ちょうど良い大きさのタオル。

そんな配慮を、子どものために最初から大人がしていてくれたら、
そんな「ひとりでできるように、場を整える」ことをしてくれていたら、
子どもたちはどんなにうれしいでしょう。

そして、
顔を洗うにはどうすればよいかを、
大人がゆっくり、ていねいにやって見せてくれる。

そうして実際に子どもがやってみるときには、
失敗しても上手になろうとがんばっているのだからと、
がんばる姿をちゃんと見て、子どもが自分で終わりにするまで待っていてくれたら、
子どもたちはどんなに安心で、うれしいでしょう。
信じて待っていてもらえることが、どんなに自信になるでしょう。

 

例えばほかにも、
子ども専用の道具(コップ、歯ブラシ、クレヨン、ハサミなど)は、子どもの手の届くところにいつもある。
着替えのタンスの中は、子どもが出し入れできるように整理して、ぎゅうぎゅうにしておかない。
子どもが使う道具は、子どもの使いやすいサイズで用意する。
遊びやすく、元にも戻しやすいように、おもちゃの大きさや量や、入れ物を考える…。

そんなふうに、
手出し口出しをする前に、
ただ先にできるようになっただけの、ぜんぜん偉くない大人の私たちは、
「まだできないだけ」の子どもという人のために、
想像して、先回りして、「場を整える」というお手伝いが、できるのです。

 

子どもが大人に求めている「お手伝い」とは、
「自分ひとりでできるようになる」ことへの配慮、です。

ただただ、「大人らしく」、
深い配慮をもって、その場に控えていること。

必要なことだけを教え、
必要なことだけを手伝い、
あとは
子どものやろうとする意志と情熱と、できる力を信じること。

 

なんでもやってあげれば子どもはうれしいんじゃない。
子どもが「ひとりでするのを」手伝えるように、その姿をよく見て控えている。
それだけで、いいのです。

 

そうやって、子どもたちがずっとずっと大きくなるまで、
自立に向かっていっしょに、
「できた^^」「できたね^^」
うれしい気持ちを、しっかり分かちあっていけたらいいな。

手出しするより、口出しするより、
できることを信じて、待つ。

とっても大事。
でもそれはじつは、
私たち大人には、すっごく難しいことなのだけど^^

 

でもね、大人のその努力は、
びっくりするぐらいの喜びになって、ちゃんと、かえってくるよ。

子どもを育てる「モノ」と「ヒト」から

ワークショップ, 子どもとそだつ 0 Comments

オーボールは、いろんなふうに遊べるんだよ!シフォンをつけて、流れ星。どんなふうに投げるかで、シフォンの動きが変化する。

土曜日は、かばんねこのたぶん4周年講座でした。
テーマは『子どもが育つ「モノ」と「ヒト」』。
東京から「遊び環境コーディネーター」の横尾泉さんにおいでいただき、おもちゃとあそびと育ちのお話をしていただきました。

オーボールにチェーンをつけて、ガラガラに。チェーンが偶然に外れる体験から、「外す」ための発見と試行錯誤がはじまる。

なにより気を引き締めたくなったのは「わたしたちは、大人も子どもも望むと望まざるとにかかわらず、いろんな情報と刺激にさらされている」お話。
そう、やっぱりスマホ、タブレット。デジタルゲーム、ユーチューブ。

 

ちょっと画面を触るだけで、すぐに面白いことが起こる。それに反応して操作すると、またすぐに刺激が返ってくる。刺激→反応、刺激→反応…。

 

楽しいし、刺激が続くから子どもも飽きずに、あっというまに時間が過ぎる。
おとなを煩わせることなく、ひとりでしずかに遊んでいてくれる。
面白いよね、楽しいよね。でもそれって、「集中して遊んでる」っていうのかな?
繰り出される刺激に目や気を奪われているだけじゃない?
そしてほんとうなら、4歳ならできていた、5歳ならできていたことが、できない。
本来なら遊びのなかで体験してきていることを、満足に経験していないのかもしれない。
保育園の活動のなかでも、十分に発達してしかるべきところまで至っていない、そんな事例が多くなっているのだそうです。

 

そうしてそんなデジタルな遊びの世界に慣れてしまうと、たとえば積み木のように自分から働きかけなければなにも変わらない、自分の手や頭を動かさなければ面白い世界には行けない、そんな一見「地味」な遊びには戻ってこられなくなってしまいます。
どうやって遊んだらいいのか分からない、やろうと思ってもできない、困ったときの解決策が模索できずみつけられない、だからつまらない、そんなふうに。

 

本来なら、たとえば積み木をひとつ積んで、もうひとつ積んで、すこしずつできることをやっていってみたら、すっごく面白い世界が待っていた!そんな喜びと、楽しみと、達成感をいっぱい感じられるあそびの世界です。
大人も子どもに体験してほしいと願っている遊びと育ちの豊かな世界に、出会えずに、体験できずに、深められないままに、大きくなってしまう。

お話を聞きながら、子どもの遊ぶ様子をみる。よい遊びの道具の「良さ」に出会えたかな^^

だから、
0・1・2歳の頃が、とっても大事!
ただ手に持つだけ、ただ動きを見るだけ、ただ箱に入れるだけ、ただ並べるだけ、ただ積むだけ…。
そんなことを、子どもたちは「ただ楽しいから」やっている時期。

 

押したら玉が動いた、「楽しい!」
積み木を3個ならべたら長くなった、「うれしい!」
大きい順番にしてみたらきれいにならんだ、「おもしろい!」
箱にぴったりおさまった、「きもちいい!」
いい音が鳴った、「すき!」
子どもたちは自分の手を動かして、そこで起こったことをひとつひとつ体験し感じながら、その経験をじぶんのなかに落とし込んでゆくのです。
そうしていろんなことを試し、うまくいったりいかなかったりしながら、いろんな経験の知もたくわえていく。

 

大人はすぐに「このおもちゃで遊んだら○○できるようになりますか?」「これをやったら集中力がつきますか?」そんなふうにすぐに結果を求めてしまうけれど、
でも本当は、そこに行き着くまでの「過程」こそ、大事にするべきことです。

 

子どもの遊んでいる「過程」を大事に見て、子どもができるように上手に配慮したり、起こったことを一緒に喜んだり残念がったり、子どものうれしさや悔しさに共感したり。
そうした「過程」を大事に受け止めていれば、大人が求めている「結果」は、きちんとついてきます。

 

「知る」ということは、「慣れる」ということでもあります。
どうか01.2歳の「初めて」がたくさんのうちに、子どもにいろんなモノに出会わせてあげて。

箱は、大活躍のあそびの道具。この木製のスタックボックスは、丸い穴がすべての箱にあいていることがすごくイイ!赤い子が、窓から外を見ています。物語がうまれるよ^^

「聞いてわかる」のは、10歳からだから

子どもとそだつ 0 Comments

こどもは、自分の手を動かして「知る」「わかる」「気づく」

こどもは、自分の手を動かして「知る」「わかる」「気づく」

子どもは、自分でやってみてはじめて、「わかる」ひとです。
「聞いてわかる」ようになるのは、小学校の高学年くらいから。

 

だから、赤ちゃん時代から子どもは、モノをお口で調べて、いっぱい触って、いろんなことを試している。

つるつる、ザラザラ。
やわらかい、かたい。
重い、軽い。
大きい、小さい。
球や曲面のものは、すぐ動く(転がる)。平面のあるカクカクのは、動かない。
でもカクカクのほうは、積める。球や曲面のは、積めない。

 

子どもにおもちゃが必要な理由は、ここにあります。
こんなふうに子どもは、自分の手を動かして、自分のちからで「もののありかた」や「ものの道理」を知っていくからです。

そうして、そんな具体的な体験の知をたくさんたくさん積み重ねていくからこそ、子どもは大きくなるごとに「聞いてわかる(実際にやらなくても、見聞きするだけでイメージできる)」が、できるようになります。
もっと現実に即して言うと、小学校からの勉強です。
紙上で文を読んでイメージし、紙に描かれた数や図を理解して学ぶ、アレです^^

 

べつに、知育をしようといっているのではないですよ。
子どもは「やってわかる」人だから、そして何より自分のちからで分かるのがうれしいし自信になるのだから、いろんな体験と試行錯誤を存分にできる道具…よいおもちゃを、子どものそばに置いてほしい!!のです。

 

子どもだけじゃなくて、大人もそうですよね。
興味をもって、面白がって知る・分かる・気づくことが、いちばん楽しいしうれしいし、なにより身につくんですから^^

 

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まいにち育つ、こどものために。
こどもと育つ、おとなのために。

木のおもちゃの専門店・
レンタルスペース&キッチン
かばんねこ

電話 0277-46-6644
(10-17:30 木土祝お休み。留守電OK!)

お問い合わせフォーム(どしどしどうぞ)

かばんねこのイベントはこちらをみてね

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子どもがおんなじことを繰り返すのはどうして?

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子どもたちは、ときどき「同じことを何度も繰り返す」ことがあります。

赤ちゃんなら、例えば「おんなじおもちゃで何度も何度も繰り返し遊ぶ」。
入れ口に玉をいれると、玉が坂道を転がって、同じ場所から出てくる。それだけのことを、何度もなんども、繰り返す。

子どもたちは、ときどき 「延々と何かをし続ける」 ことがあります^^

大きい子なら、例えば「折り紙で同じものを何個も何個も作る」。
サイフ、兜、鶴、手裏剣、ハサミでの模様切り…。

その他にも、同じかたちを何度も描く。ハサミでチョキチョキ1回切りをどこまでもやりたがる。大量の指編みがお部屋に山になっている…。
そしてそれは、その時間だけでなく、何日も延々と続くこともあります。
不思議ですね、なんでしょうね、この情熱^^

なぜかそういう姿を見るとき、 それは、すべてが「手」を使う作業です。 顔を見ると真剣で、集中していることが分かります。

でも、よーくよく見てみると、これはだいたい「手」を使う作業です。
小さい子も、大きい子も。

おんなじことを繰り返していますが、顔はいたってまじめだったりします。
1回終わると、またすっと手をのばして、同じことを始めます。
なんだか、じゃまできないような雰囲気です^^

 

そして、そのおんなじことをずーっとずーっとずうーっとやって…、
あるとき、ぱっ!と、やめる。

「やめる」というより、「おしまいにする」という表現のほうがぴったりするかもしれません。
だって、なんだかその顔は、スッキリしていませんか?
飽きたからとかではなくて、存分に何かをやりとげた、満足した感じです。
自分で「もういいな」「わかった」「大丈夫だな」「よし」…、そんなふうに、どこかぴったりくる着地点にたどりついたから、満足したから、自分で終わりにする。そんな感じ^^

 

手を使って、おんなじことを繰り返すなかで、子どもたちはいったい、何を感じ、どんな満足を得るのでしょう。
何ができたのか、何がわかったのか、ぱっと見ではわかりません。
でも本人は、とっても満たされて、スッキリして、「次へ」…新しいなにかに出会いに行っている。

そうやって、子どもは自分で自分を大きくしているのだなあと感じます。

だから、わたしたち大人ができることは、

①その子が集中していることを「よくわかんないけど何か大事なしごとをしているらしい」とそのまま受け入れてやり、

②「こんなにおんなじモノいっぱい作ってどうするのよ」とか「もういいんじゃない」とかわけのわからない邪魔をせずに気の済むまでやらせてやり、

③終わった後は、その子の達成感や満足感をしみじみとながめて、「よかったねえー」と共感するだけでいいんだなと思います。

 

大人は手出し口出し、得意です。
でも大人だからって、子どものすること全てを把握したり理解したり指導したりする必要はない。
子どもが自分で育つ姿を、喜びをもってみつめるだけでいいときがあるということです。

わたしたちだって、そういう小さな偉業をたくさん成し遂げて大きくなってきたんだけど、忘れちゃってるだけなんだから^^

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子どもに、手をかけるやりかた

子どもとそだつ 0 Comments

子どもに手をかける。遊びを通じて育つ。

子どもに、手をかける。遊びをつうじて。

ひとつのことに、なかなか集中してとりくめない。
そんな子どもの姿に悩んでしまったりします。

ひとつのおもちゃに触って、ちょっちょっと触ってみて、別のおもちゃへ。
次のおもちゃも、なんとなく遊ぶようなそぶりが見られるけれど、遊びこむまではいかないかな、そしてまた別のおもちゃへ。

うちの子は集中できないから。あきっぽいから。
そんなふうにおっしゃるかたも。

 

でも、その子がまだ赤ちゃんと呼ばれるような頃なら、心配はいりません。
ちびさんが自分の手や体でできることはまだまだ少なく、集中する時間も10秒とか、短い。
いろんなものを触って、試してみて、また別のを触って試して、また別の、また別の、そして最初のに戻って…というあそびかたで、いいのです。
ひとつのものに取り組む時間はたしかに少ないけれど、ひとつのおもちゃで遊ぶ、一日のトータルの時間を考えたら…どう?けっこう遊んでないかな^^

 

3歳さんくらいからは、そうですね。心配になっちゃう気持ちがとてもわかります。
でもうちの子は「飽きっぽい」「集中できない」と思いこんでしまうのは、とてももったいないです。

もしかしたら、そのおもちゃへの関わり方が、わからないのかもしれない。
どんなふうにできるのか、わからなくて不安なのかもしれない。
そのおもちゃでやってみたいことが、浮かばないのかもしれない。

「わからない」「できない」そんな言葉を繰り返したりする姿にも、そんな子どもの不安がかくれているように思います。

 

ぜひぜひ、おとなのかたが、根気強く「して見せて」あげてください^^
子どもの前で、できるだけわかりやすく、ゆっくり、はっきり、「してみせる」。
大人が、おもちゃで遊んでみせるのです。

「こうしてみようかな」「あっ、はいったよ」「ここにおんなじ色がある。並べてみよう」「こんなに積めたよ」
そんなふうに、大人が自分のやっていることを実況中継しながら、自分で楽しむ。

 

そこで興味をもってくれたら、しめたもの!
あそびの見本があって、それを見たり真似てみることは、子どもにとってとても大事な体験です。
見て、まねて、実際にやってみるうちに、「こうしてみよう」「こんなふうにしたら、どうなるかな」…そんな、自分の「オリジナル」の遊びが、生まれてくるからです。

もちろんすぐには、真似っこしたりしない子もいます。でも、見ている様子があるなら、心配いりませんよ。やらなくても、見ています。あそびの芽はちゃーんとあとで、現れてきます^^

 

子どものなかには、なかなか大人がやってみせることを見ていられない子もいます。
他のものに気を取られたり、どこかに行ってしまったり。

でも、1日に2分でも3分でも、大人が根気強く、まいにち繰り返しているうちに、少しずつ、見ていられるようになります。見られるようになれば、あそびは変わります。

 

生活の場面でも、おんなじです。
手の洗い方、ボタンのかけかた、ハンカチのたたみかた、くつの履きかた。ゆっくり、はっきり、「して見せる」。おとなが意識するだけで、ずいぶん違いますよ。

遊びでも生活のなかでも、どの場合も「やってごらん」「こうするんだよ」なんて、いわなくていいです。
自分のやりたい気持ちがむくむくとなってくれば自然に、こどもは意欲的にやりはじめるのですから。

 

自分の手と体を使ってあそぶなかで、こどもは自分のできることを知り、やってみて、それを繰り返すうちに、あたらしいことがぽっとできる。

その喜びが新しい意欲になって、さらに遊び込むことで、子どもはいろんなことに気づき、わかり、あそびは育ちの糧となっていきます。

 

子どもの育ちのために、手をかける。こんなやりかたもあるのです^^