かばんねこ店主ブログ
コドモト

知育という言葉にもやーとするわけ

木のおもちゃ専門店かばんねこ

お客さまにおもちゃの説明をしていて
「知育ってあんまり言いたくないけど」
って、断りを入れてる自分に
ヤダーそんな逃げ感をかもしちゃって~
と毎回ひっそり
勝手にもやもやしているのですが


わかったわかった!

それをする理由、というか
向いてる方向がイヤなんだと思いました。


結局子どもは、いつもやってること…
「暮らし」と「遊び」を通じて育ちます。

だから、かばんねこは
子どもが遊びを通じて
楽しい!おもしろい!なんで?!もっと!
と、
手と心と頭をじゃんじゃん動かして
自分で気づいたり分ったりできたりしながら
自分てやっぱりいいな!って感じながら
自分で育っていくお手伝いを、
おもちゃを通じてできたらと願っています。


で、一方
「知育(玩具)」のほうも
おもちゃや遊びを通じて…というのは同じです。
でもキライなのは
「知識や能力を高める」とか
なんか商品とか作品の価値を高めるみたいで
子どもが「モノ」みたいじゃないかー

みたいな
そんなふわっとした感覚でキライだったのだけど


わかったわかった!
矢印の向いてる方向がイヤだったのです。
その言葉が、どこを向いているか。


育てる「子ども」の幸福のほうを向いているのか、
育てる「大人」の幸福のほうを向いているのか。

育ってゆく子どもの人生のために、なのか、
子どもを育ててる大人の満足のために、なのか。
その、矢印の向き。


でも、実はですねー
かばんねこは最初、
子どもはやや「自分の作品」ぎみでした。
へたに勉強ができたから、
子育てもうまくやれると思ってたし、
子育てでも評価されるはずだと思ってたし、
評価されたかったんだなーと思います。


だからもし、あなたが
あ、それっぽいとこあるなーと思っても、
自分のことを責めなくても大丈夫。
気づけたら、
修正していけるから。


さあさあ、
これからも、
悩みながら、自分をゆるしながら、
がんばりましょー!

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