子どもと育つ

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子どもを待つ

子どもが静かなときは、だいたい、なにかに集中して取り組んでいます。

おもちゃで一心に遊んでいるとか、

洗濯ばさみをとにかく窓の外に投げ落としているとか、

絵本を見つめたりめくったりしているとか、

あるいはそれを積み上げているとか、

お人形を一列に並べているとか、

米びつからお米を掴んでは床に撒いてくれているとか。

 

それは、大人にとっては、うれしい、ほほえましい時もありますし、

たいへんにご迷惑なときもありますが、

子どもにとっては、どれも同じに「面白くて」「やりたいこと」です。

 

子どもは、まだまだ触ったことがあるものも、知っていることも、ものすごく少ない。

だから、いろんなものを触って、

あんなふうにしたり、こんなふうにしたり、触って、舐めて、掴んで、放して、

投げてみたり、転がしてみたり、つまんでみたり…。

いろんなことを試しながら、身の回りのモノを知っていきます。

(そうやっていろいろなモノを触って試して知るうちに、子どものすることは、並べたり、積んだり、色で分けたり、かたちで分けたり、たとえばそんなふうに秩序を整えることが好きになったりして遊びが変化していきますが、そこまでいかないと、大人は感心をよせてくれないのね!)

 

その姿を、いたずらや悪さと捉えて禁止するのか、

ああ、楽しいんだな、やってみたいんだな、と見るのか。

大人の受け取り方によって、

子どもが「触ったことがある」「知っている」体験の知の多さも、

手指や体をいろいろに使う回数も、それを活かせる機会も、変わってきますね。

 

子どもがなにかをやってみたくてやってみる姿を、

どんなふうに捉えて、

何をどれだけゆるし、おおらかに受け入れるのか。

子どもが中学生になった今も、かばんねこは迷いながら暮らしています。

 

子どもは、「知りたい!」「分かりたい!」「やってみたい!」「できたい!」

そんなわくわくと、できたいあこがれとともに、生きています。

 

忙しくて忙しくて、

それでもきちんと暮らしたいし、ちゃんとしたお母さんでもいたい。

なかなかままならない毎日ですが、

子どもも自分の意思をもって、わくわくと生きたいんだなあと思うと、

もうすこし、おおらかにいられるかもなあと、

子どもが大きくなっちゃった今だからこそかも!思っています^^

 

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