かばんねこ店主ブログ
コドモト

かばんねこのかんばん

かばんねこのかんばん

『かばんねこのかんばん』
 

あの、消しゴムハンコを看板にするという偉業をなしとげた偉大な看板屋さんのその看板が、ついに日の目を見るときがやってまいりました…( ;∀;)ワー!

偉大な背中が、まぶしいです。

こんなすてきな看板がついてしまって、ますます準備をのんきにはやってられなくなりました。

いやもうほんとに、のんきにしてはいられないのですけど。

のんきにしてるつもりも、ないのですけど…(?_?)ナンデオソイ

 

 

   

モアイキター!

モアイキター!

『モアイキター!』

春休みに入り、ひま…と思いきや、注文がいっぱいです。

わたしでなく、11歳さんのほうが!

なんとなく作ってみた「モアイ」が、クラスで制作待ちの大人気とか…。

 

 

    

ママがうるさく言っても聞かないのは

ママがうるさく言っても聞かないのは

「くつをそろえなさい」とか、「机をきれいにしなさい」とか…。

うるさく言っても、子どもにはぜんぜん効きません^^;

 

大人にはあたりまえのことだから、

「くつをどんなふうにそろえるか」とか「机をどんなふうにきれいにするか」とか、

そんなことは分かり切ったことだから、

「〇〇しなさい!」だけを伝えちゃうことは多い。


でも、子どもが小さい時、ちゃんと教えたっけ…??

 

イメージがぜんぜん無い子どもだからこそ、

あいまいな言葉を使わずに、

自分の体を動かしながら、

はっきりと、

わかりやすいように、

ゆっくり、

「さいしょに〇〇してね」「そしたら、〇〇してね…」って、

教えた??

 

靴の脱ぎ方、

はき方、

顔の洗い方、

体の洗い方、

洗濯物の干し方、

とり込み方、

いろいろ…。

 

子どもには「自分でちゃんとやりたい」気持ちがいっぱいあります。

それを応援する「やり方」を、親は考えなきゃいけないです。

 

 

  

子どもの片づけ

子どもの片づけ

『子どもの片づけ』

 

もし、大人が「部屋の片づけ」として

大きい箱になんでもかんでもボンボン投げ込んでいたら、

びっくりしちゃうんじゃないかな。

「まだ子ども」だから、「子どものもの」だから、

「おもちゃ箱にボンボン」でいいの?

子どもだって、遊びたいものがすぐに見つかるほうがいい。

いつでもセットが全部そろってるのがうれしい。

ものを丁寧に扱う気持ちよさも知りたいし、

自分で整理してみるってこと、できるってこと、感じたい。

 

「お片付け?遊び?」(コドモト)

 

 

    

友達ができるといいな

友達ができるといいな

「友達ができるといいな」

 

もうすぐ春休みが終わって、そしてあたらしい友達と出会う、4月がきます。

「友達ができるといいな」「仲良くできるといいな」っていう望みは

親もそうだけど、子どもだって、すごく持っています。

 

だから、「あなたはとってもすてきな子だよ、大丈夫」って

子どもが自分の良さを素直に信じられるように、

言葉で、態度で、いつでも伝えていかなきゃなあと思います。

 

「友達に教える、友達に教わる」(コドモト)

 

 

   

けん玉への欲望

けん玉への欲望

『けん玉への欲望』

 

けん玉が得意になってきたらむくむくと湧いてくるのは

ひもを切りたい!という欲求です。

さっそく家族を集めて「断~髪~式~!」を執り行った彼は、

3ヶ月たった今も

床にがっつんがっつん玉を落として母を泣かせながら、鍛錬の日々です。

飽きないものですねえ…^^

 

 

  

アナログゲームは、コミュニケーションツール

アナログゲームは、コミュニケーションツール

「アナログゲームは、コミュニケーションツール」

 

親にとってアナログゲームの魅力は、子どものいろんな顔を見られること^^

 

うれしい顔や、くやしい顔の他にも、

何か作戦を考えてるような顔、

それがうまくいきそうで笑いをかみ殺す顔、

あれ?という動揺を押し隠す顔、

得意になって大人に何かを教えてくれる顔、

いろいろ^^カワイー!

それに、

ゲームが進むうちに、おしゃべりも進んじゃうのもうれしい。

ゲームとは関係ない話も飛び出しますよ、

学校のこととか、友達のこととか。

一緒に同じことをして、

視線が合って、笑いあって、

おしゃべりして…。

アナログゲームって、親子のすっごいコミュニケーションツール^^

 

 

子どもにゲーム機を買う

子どもにゲーム機を買う

 

子どもにゲーム機を買うこと、初めはやっぱり躊躇しました。

でも、いざ買ってみたら、なあんだ!って感じ。

何をそんなに不安がっていたのか笑えるようになって、反省したことがあります。

それは、

「子どもの『みんなが持ってるから』という言葉と気持ちを、もっと考えてやればよかった」ということ。

みんなが知ってることを、自分だけ知らない。

みんながやったことを、自分だけやったことがない。

それって、大人の私たちだって感じることがある。

「さみしい」

他人と違うことに特別感や優越を感じるのは、その前に「みんなと一緒」の安心感があるからです。

「仲良しの子とおんなじがうれしい」って、子ども時代にどんなに大事なことだったか、思い出します。

それを分かってくれない、受け入れてもらえないのは、ずいぶん悲しかったろうなあ…。

わたしたちは「大人」だから、今までの「みんなと一緒」の経験や「みんなと違う」の経験が、たくさんある。

だから、「あなたはあなた」「うちはうち」って、冷静に言える。

だけど、子どもはまだまだ、経験が足りないですもん、わかんない^^

わたしたちは大人だから、何でも知ってるから、子どもに教えさとしてやればいいと思っちゃう。

だけど大人だから、子どものときの気持ちを思い出して、子どもに寄りそうこともできる。

わたしは、後者を思い出すべきだったのでした^^;