マザーテレサの生き方に、自分の存在理由を問われてみる

本と絵本と 12 Comments

「インテグリティ」という言葉をご存知ですか?

先日、マザーテレサの生涯の生き方を通じて

この言葉を体現する彼女を感じる、そんな映画を観ました。

 

「インテグリティ」とは、ひと言でいうと、

「感情や状況によらず、

その人が本来持って生まれた使命を生きる」 こと、

つまり、「存在理由」 なのだそうです。

 

彼女は、

飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、

病気の人、必要とされることのない全ての人、

愛されていない人、誰からもケアされない人…、

その全ての人たちのために働きました。

 

彼女のインテグリティ(存在理由)、

それは、「神の愛の実践」です。

 

彼女は言います。

「食べ物の飢えは、食べ物を与えればいい。

けれど、心の貧困は、もっと深刻なのです。

誰からも振り向かれずに死んで行く人がいる。

最大の貧困は、愛です。」

 

そして、ともに彼らをケアする人たちに、

「笑顔を見せるだけでいいのだ」

と教えます。

 

「笑顔 = 受容」 だと、わたしは思いました。

他の誰でもない、「私」に向けられた、「愛」を感じる、

そのことが、とても大事なことなのだと思いました。

 

自分への愛を感じると、とてもうれしい。

愛される心地よさ、うれしさを感じて初めて、

愛される喜びを知って初めて、

私たちは自分もそれを、他の誰かに与えたいと願います。

愛されれば、愛することができる。

 

だから彼女は、

愛される喜びを、まずは人々に与えるのでしょう。

 

笑顔は、笑顔を引き出す。

愛は、愛を引き出す。

 

 

彼女の行動の初めは、

生きたままウジにたかられ、体中を食い荒らされ、

ひどい悪臭を放って倒れている

男性の体を洗ってやったことでした。

男性は問いかけます。

「なぜこんなことを?」

「愛しているから」

 

彼女は、神の愛を実践することを、迷いません。

どんなにありがたい申し出も、

自分のインテグリティに照らして

そぐわないものは受け入れません。

危険だから、大変だからといって、

何かと何かを天秤にかけて判断するようなことをしません。

 

損得でない。

迷わない。

ただ、神の愛を実践するために、生きる。

 

 

「食べ物など、与える量は問題ではありません。

どれだけ愛をもって与えたかです。

小さなことに、どれだけ大きな愛を込められるかが

大切なのです。」

 

彼女の言葉は、ちゃんと行動になって現れています。

息をちゃんとできずに苦しんでいる子の背中をさする姿、

声をかけるときのまなざし、

真摯で誠実な言葉。

 

自分の存在理由を確かに持ち、そして実践しているから、

言葉も、行動も、ぶれない。

全ては「神の愛の実践」というインテグリティから

彼女の思想や言葉や行動が生まれています。

 

だから、彼女と対峙するだけで、

わたしたちは、自分の中にある、

損得への執着や矛盾や迷いを、感じずにはいられません。

 

 

彼女は、こんな言葉を残しています。

「あなたの中の最良のものを」

 

「人は、 不合理 非論理 利己的です。

気にすることなく 人を愛しなさい。

 

あなたが善を行うと、

利己的な目的でそれを行ったと言われるでしょう。

気にすることなく続けなさい。

 

あなたが目的を達成しようとすると、

邪魔だてする人に会うでしょう。

気にすることなく続けなさい。

 

あなたがよい行いをしても、おそらく

忘れ去られるでしょう。

気にすることなく続けなさい。

 

あなたの正直さと誠実さが、

あなたを傷つけるでしょう。

気にすることなく

正直で誠実であり続けなさい。

 

あなたの作り上げたものが壊されるでしょう。

それでも

気にすることなく続けなさい。

 

助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるかもしれません。

でも、気にすることなく

あなたの中の最良のものを、

世に与え続けなさい。

 

蹴り落とされるかもしれません。

でも気にすることなく、

最良のものを 与え続けなさい。」

 

この人は、この全てを、ずっと感じて生きてきたのですね。

でも、

「気にすることなく」、続けてきた。

 

悲しさや苦しさ、恨みたい気持ちを、

どうやってやり過ごしてきたのでしょう。

どんなにかつらい想いをたくさんしたでしょう、

それでも「愛」を与え続けられたのはなぜでしょう。

「愛」を返してくれた人の存在でしょうか。

それとも彼女の存在理由、それだけ…??

 

きっと「受け入れて」きたのだと思います。

そんな仕打ちをする人たちのことも、

負の感情に惑う自分の気持ちも。

悲しみも、怒りも、迷いも、受け入れられれば、

負の感情や損得の計算から自由になれる、

ではどうしようか、平静な気持ちで考えられる

そうすれば、心は迷わない。

ものすごく、ものすごく、難しいですけれど…!

 

 

「感情や状況によらず、

その人が本来持って生まれた使命を生きる」 こと、

自分の存在理由、「インテグリティ」

 

彼女の姿に、ほんとうに圧倒されました。

マザー・テレサの、言葉、態度、行動、すべてに迷いがなく、

ほんとうにひとつの存在理由によって

生きているのだと感じました。

 

わたしの存在理由は、何でしょう?

あなたの存在理由は、何ですか?

 

固いインテグリティは、強い。そして魅力的です。

 

たくさんの子どもたちとともにいろんなことをして、

いろんなことを一緒に感じながら生きていくことが、

わたしにとってとても大事なことです。

わたしも、自分の存在理由を探求していきます。

たくさんの子どもたちといろんなことをして、いろんなことを感じて生きていくことが、わたしにとって大事なことです。

“マザーテレサの生き方に、自分の存在理由を問われてみる” への12件のフィードバック

  1. 木仙人 より:

    おはようございます コドモトさん
    深いねー、いいお話をありがとうございます
    >わたしも、自分の存在理由を探求していきます
    上手く言葉にできないのが非常にもどかしい私です(^^;

  2. おはようございます
    マザー・テレサの言葉、心に響きます
    深く深く、心の深い部分に様々な問いかけをしてきます
    迷わない。他ではなく、自分の信念を強く持ち
    行動し続けること
    弱い私は、迷ったり、悩んだり、くよくよしたり、まだまだ小さいです
    よし!今らから変えていきます
    ありがとうございます♪
    迷った時、またこの記事を拝見しに来ます(^^)

  3. コドモト より:

    木仙人さん、いつもありがとうございます^^
    >深いねー、いいお話をありがとうございます
    はい、マザーテレサの態度、言葉、行動、すべてがゆるぎなく、
    それだけで圧倒されました。
    彼女の姿を時間をかけて見聞きしたことがなかったので、
    なんとなく機会を通り過ぎていたことを後悔してしまいました。
    >上手く言葉にできないのが非常にもどかしい私です(^^;
    はい、わたしもです(-_-;)
    イメージでだけはなく、言葉にできることが、
    きっと大切なんだろうなあと思います。

  4. コドモト より:

    甲州市学習塾のこばやしさん、いつもありがとうございます^^
    >深く深く、心の深い部分に様々な問いかけをしてきます
    はい、真摯に誠実に自分の道を歩む彼女の姿は、
    わたしたちに自分の姿を否応なく見せつける、
    そう思いました。
    そして、彼女が目の前にいるわけじゃないのに、緊張しました…。
    >弱い私は、迷ったり、悩んだり、くよくよしたり、まだまだ小さいです
    >よし!今らから変えていきます
    はや!うーん、これこそこばやしさんですね^^!
    まずは初めでうろうろする私は、それだけで尊敬です。

  5. コドモトさん、こんにちは
    いつも研究会の内容をまとめられてさすがです!
    深くて大きなテーマですよね。
    私が日々悩んでいることが、
    とてもちっぽけなことに思えます。
    こうして小さなことで悩んでいる自分は
    まだまだ小さいのだということなのです!
    「受け入れること」「気にしないこと」
    難しいですが、努力しようと思います^^

  6. 藤井 より:

    お早うございます。
    >その人が本来持って生まれた使命を生きる」 こと、
    >自分の存在理由、「インテグリティ」
    はい、背伸びして無理をせず
    毎日、頑張っていきたいと思います。
    リーゾンディティール、レゾン・デートル
    raison d’tre
    全てのものに存在理由はあると思います。
    いつも、ありがとうございます。

  7. コドモト より:

    クレヨン 岡田さん、いつもありがとうございます^^
    >深くて大きなテーマですよね。
    ほんとうに、これが「人生の課題」といわれることに、納得です^^
    >私が日々悩んでいることが、とてもちっぽけなことに思えます。
    ほんと、わたしも身につまされました…(^_^;)
    >こうして小さなことで悩んでいる自分はまだまだ小さいのだということなのです!
    岡田さん、まるでわたしに言われているようです(^_^;)(^_^;)
    >「受け入れること」「気にしないこと」難しいですが、努力しようと思います^^
    はい、ほんとに…!もう、同意しかできません(^_^;)(^_^;)(^_^;)
    でも、岡田さんは、ほんとうに真摯で誠実ですよ。ちゃんと語れるし。
    だから、もう固まってるんじゃないかなあと思っています^^

  8. コドモト より:

    藤井さん、いつもありがとうございます^^
    >>その人が本来持って生まれた使命を生きる」 こと、
    >>自分の存在理由、「インテグリティ」
    >はい、背伸びして無理をせず毎日、頑張っていきたいと思います。
    藤井さんはもうしっかり持たれているのですね^^すごいなあ…!
    わたしはイメージがあるものの、ちゃんと言葉になりません。
    ことばにすると、うそにそまる~というやつです^^
    > リーゾンディティール、レゾン・デートル raison d’tre
    あ、これ聞いたことがあります。
    意味は違うのかな?どこの言葉でしょう…??
    >全てのものに存在理由はあると思います。
    はい、自分の環境、出来事、変化、すべてのものを
    自分に帰結させて考えてみます^^
    ありがとうございます^^!

  9. こんにちは。
    先日facebookでこのノートを拝見し、
    私も自分の存在理由を考えています。
    今はまだはっきりとは分かりませんが、いつか分かる日が来るんでしょね。
    今でもこうやって生きているんだから何か相当の理由があるんだろうなと思っています。
    自分を見失わず、新しい人生歩きます。
    色々とありがとうございます^^

  10. コドモト より:

    誕生日プレゼント工場さん、いつもありがとうございます^^
    >今はまだはっきりとは分かりませんが、いつか分かる日が来るんでしょね。
    >今でもこうやって生きているんだから何か相当の理由があるんだろうなと思っています。
    わたしも、よくよく考えると、ぼんやりとしたイメージでしかありません。
    いつも心に置いて、考えていきたいです^^
    >自分を見失わず、新しい人生歩きます。
    わたしもそうありたいです。
    ものごとを素直に受け入れ、誠実に応えていきたいです。
    >色々とありがとうございます^^
    誕生日プレゼント工場さん、私の方が、ありがとうございます、です!
    心の深み、尊敬しています。

  11. 今田 遥 より:

    題 : マザー・テレサさんのこと
     マザー・テレサさんが、初めて、インドの社会に入って行っ
    た時は大変でした。
     彼女にあったのは自分の志(こころざし)だけ。
     彼女を受け入れたのは、インドの「ヒンズー教の方たち」で
    した。
     彼女の活動のための家を貸し、彼女の活動のための手助けの
    人達が駆け付けました。
     元々、マザー・テレサさんのやりたい志の事は「ヒンズー教
    の方達はしていました」。
     だから、正確に言えば、「マザー・テレサさんが、志を同じ
    くする人たちの中に入って行った」なのです。
     ヒンズー教の方達は、多神教。
     イエス・キリストやマリアもヒンズー教の神々の一人として
    いる宗教。
     この様な宗教教義の面からも、マザー・テレサさんもスムー
    ズに受け入れられました。
     一神教のキリスト教には「異教徒を殺せ」の教義がある様に、
    異教徒を忌む宗教ですので、この様なスムーズな受け入れとは
    ならなかったでしょう。
     マザー・テレサさんは、最初、キリスト教からは、まったく、
    孤立無援。
     手助けはヒンズー教の方達だけでした。
     彼女が、アメリカの映画の題材にされ、注目されるようにな
    って後、キリスト教が、今までは何も彼女に注目せず、手助け
    もしなかったが、世界の注目を集める様になってから、彼女と
    行動をする様になった。
     今、キリスト教は、彼女を「広告塔」にしていますが、そし
    て、ヒンズー教の方達は黙っていますが、真実は、この様な経過
    をたどった。
     マザー・テレサさんが「ノーベル平和賞」を受賞しましたが、
    同時に「ヒンズー教の方達も受賞すべき」でした。
     ノーベル賞選考委員はキリスト教徒だけ、その点、「お手盛
    り」となった。
     インド政府は、彼女が亡くなられた時、国葬として大きな葬儀
    を行ないましたが、キリスト教組織にも、この様な、大きな度量
    が欲しいところです。
    参考URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
      URL: http://32983602.at.webry.info/

  12. コドモト より:

    今田さん、お返事が遅くなってしまい申し訳ありません!
    どういうわけか、コメントに入れなかったのです。
    言い訳ですが、ずっとそのままにしてしまいました。
    せっかくコメントくださったのに、申し訳ありません…!
    私は今田さんが書いてくださったことを、知りませんでした。
    背景を知ること、別の面からの視点を知ること、とても有り難いことです。
    こうして教えてくださったこと、感謝しています。
    今田さん、ありがとうございます(*^_^*)

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